捨てたいルーツ



生まれ育った場所、
過去の自分、
過去してきた過ち…

そういうのを僕たちは、
何かと隠したり捨てようとしがちです。


中学生・高校生の頃、
僕のそのひとつに、
会津なまり(東北弁)がありました。


「俺は福島県になんか染まらないぞ」
みたいな気持ちがありました。


それは、

その当時の自分を否定していたからなのか、
当時周りの人と
うまく関われなかったからなのか、

東京で暮らしたいって
思いがあったからなのか、

今の自分が不幸なのは(地元という)
環境のせいと言い訳してたからなのか…


よく分かりません。


どれでもないようでもあるし、
どれも正解なようでもあります。


だからローカル番組は
ほとんど見なかったし、
会津っぽい言葉を
使わないようにしてました。




街の雰囲気も嫌いでした。


雪がたくさん積もること、
多少の雪だったら(積もっても)自転車で
40分かけて高校に通ってしまう風潮。

隣町の高校の登校に間に合う電車が
2本しかない田舎のダイヤ。

どこで服を買ったかすぐにバレてしまうほど
お店が少ないところ。

歴史的な建物を残しつつも、
京都ほど気合の入ってない観光地、

などなど。


でも、

地元を離れて東京で生活して
(大学生になって)から、

そんな地元の良さが
分かるようになりました。




ネイティブの英語が話せなくていい



以前ある本で、
日本人の話す英語の特徴が
こんなふうに書かれていました。


日本人はネイティヴのような
正しい英語を話そうとするために、
コミュニケーションがとれなくなる。

と。


でもある国の人が話す英語は、
文法や発音がめちゃくちゃだけど、
それでも平気で英語を話すんだそうです。


これと同じことを、
日本国内のなまりで考えてみると
分かりやすくなります。


関西出身の女の子が東京で生活して、
ある程度東京に馴染むように
言葉を使っているんだけど、

時々関西のイントネーションが出てくる。


あれって可愛くないですか?


「服」とか「靴」って言った時、
「ふ」にアクセントをおく「“ふ”く」、
「く」にアクセントをおく「“く”つ」。


もしその女の子がルーツを否定して、
生粋の江戸っ子みたいな
言葉を使っていたら、
それはちょっと違う感じがします。


そして僕も、
おそらく完全な東京の言葉じゃなくて、
時々会津っぽい(※会津っぽじゃないよ)
イントネーションが出てると思います。


でもそれでいいよなと、
ある時思えるようになりました。


それが僕の過去であり、ルーツなのだから。




人と繋がれるルーツ



多くの場合僕たちって、
その「ルーツ」を隠そうとしてしまいます。


それによって傷ついたことがあるから。
それがダサいと思ってしまったから。
その時の自分が嫌だったから。


でも、

「ルーツ」を捨てれば捨てるほど、
あなたの「物語」にバックグラウンドが
なくなっていきます。


映画って、
ストーリーが展開されていくと
「実はこんな隠された過去があって…」
ということが分かってきます。


その時物語(主人公の人間味)に
深みが出て、入り込んでいけます。


ルーツを否定するってことは、
この「共感」がないわけです。


僕たちが人に共感できるのって、
その人がスゴいからじゃないですよね?


その人が

「本当はダサいんだ、
  弱かったんだ、ヘボいんだ」

って、知るからです。


「なんだ、私と同じように
  傷だらけだったんだ」

って伝わった時、相手と繋がれるのです。




「これからやりたいこと」と「過去」



お仕事の相談をされる時、
僕がよく質問するのは、

「これから何やりたいの?」


「なぜやりたいの?」

です。


ひとつは、「未来」に対する想いであり、
もうひとつは、「過去」あった体験です。


僕のところに来てくれる人って、
僕がマジックをやるのと同じように、

過去コンプレックスがあったり、
愛せない自分がいて、

その途中「あるもの」に
出会って克服できる。

その感動を、
今度は誰かのために届けたい。

という公式があります。


ばらばらの人生の体験が、
直線だか曲線だかで、
芯は一貫してたりします。


これを探るために、
「未来」と「過去」の点を
教えてもらってます。




「ルーツ」って、
できればあんまり
触れたくないものだからと、

これを見ないようにしてしまうと、
自分の根っこ、土台も
分からなくなってしまいます。


ここと向き合うことができた時、
未来への方向性に安定感が出てくる。


相談してくれた人の表情の変化から、
そんなふうに感じられます。




過去を大切にできない時期



でも、

そんな過去と
「向き合えない時期」
ってのもあります。

僕もそう。


これはこれで大切な期間だ、
とも最近は思います。


ルーツを大事にできない時期って、
進むところが分からなくて、
自分が分からなくて、

「変なもの」
「無意味なもの」
「自分を壊すもの」

に手を出します。


それは恋愛かもしれない、
仕事かもしれない。

人間関係かもしれないし、
食べ物かもしれない…。


この一見無意味な体験さえ実は、
ある時必要な経験値に変わるんですよね。


僕だったら、
マジシャン的な活動をやってきたくせに、

「セラピー」もできたり、
「筆跡心理学」を使っていたり、
「ナンパ」について
研究したことがあったことでしょう。


それらが
僕にいろんな彩りを与えてくれます。

彩りは、いろんな人との
繋がりをもたらしてくれます。




綺麗で確実な道を歩いていては、
「進んでいく力」は養われません。


ルーツを許せない時って、
その反発から新しいことに挑戦して、
これから必要になる力を
手にしている期間です。


だから
ルーツを否定している時もOK。
ルーツを大切にできた時もOK。


冬は冬でアリ。
夏には夏のよさがある。


夜は夜で楽しい。
朝の澄んだ空気も素敵。


そう思うべした?




いいことも悪いこともあって
今に至るマジックだから、
こんないい表情を
してくださるのかもしれません。

横浜ベイサークル
クリスマスパーティーより
Photo 松崎元気さん


マジックプロデューサー Matty (マティー)