新しい一歩を踏み出す瞬間


「自分の持ってるものじゃ
  前に進めない、表現しきれない」


そう思っていた人が
動き出す瞬間がとても好きだ。


そこには、
これからいずれ味わうであろう
大きな感動のタネがあるから。


それを感じられるから。



いや、
かつて僕も、

「自分なんかがそんな素晴らしいこと、
  できっこない」

って思ってたから。





「俺にもできるんだ」


って思えた体験は2つ。


ひとつ目はマジックそのもの。


中学生の頃から、

・自分だけの…
・おもしろさ
・工夫

ってのが欲しかった。


当時のネタ帳に
稚拙なオリジナリティが
綴られているわけですが、


卒アルを振り返るように恥ずかしい。


無知すぎるオリジナリティ。
当時の僕はダジャレが取り込まれることを
オリジナルとでも思っていたのだろうか。



っていうかそもそも
そのダジャレはオリジナルなのか?


マジックを構築する知識・技術が
圧倒的に足りない頃のことだから、
しかたないといえばしかたない。




「こんな世界観にしたいんです」

それがちゃんと形としてできたのは、
大学3年生の時でした。



先輩やOBさんの
脳みそを使わせてもらったから。


料理上手な人が
冷蔵庫に“あるもの”を
上手く組み合わせて
美味しいものを作り上げるように、


僕のやりたいことを、
僕がその時持っていた技術だけで、
構成できた。



これはステージマジックの話ですが、
ステージマジックの理論を
クロースアップマジックに
応用できるってことも、
この頃分かりました。



ルーティンの構成やミスディレクション、
姿勢、目線、オフビート、間…。



ちょっと話がいき過ぎましたが、

「こんなことを形にしたい」

という思いは、

技術・知識・感性があれば、
(それぞれが小さくても
  組み合わせ方がよければ)
ちゃんと実現するんだ
という感動を味わったのです。




そしてもうひとつ、


「実体のなかったものが
  形になっていった」
感動を知っています。



それは仕事そのものです。


大学4年生の時、
既に就職活動はやめていたから、
とにかくマジック
(仕事になりそうなもの)の
数をこなそうと思った。


マジックはずっと好きなものだったし、
お仕事そのものは
在学中からやらせてもらっていたし。


でも、

なんか楽しくなかった。



むしろしんどいことの方が多くなった。


自分でも焦った。


好きだったはずのものが
楽しめない違和感。




それはホテルに泊まり込みで
ショーをやっていた時、
その理由が分かった。



学生の頃のマジックは、
ほとんどサークルとしての活動であって、
何をやるにしても仲間がそこにいた。


ホテル営業の時、
僕は一人だった。


仕事でありながら
温泉に入って、
バイキングのごはんを食べて、
ホテルの一室でゆっくりして…


それは一見優雅かもしれないけど、
全然楽しくなかった。


その時やっと気付いた。


僕が好きなのは、
マジックを通して
誰かと過ごす時間だってことに。


ステージに立って
拍手を浴びるのは気持ちいい。


「すごいですね」

って言われるのも
エゴが満たされて心地いい。


でもそれを一人でやってんなら、
何も楽しくないって分かった。


そういう無意味で味気ない仕事が
どんどんつまらないものに思えた。


当時の僕の精一杯の答えが
『マジックセラピスト』
だった。


「僕はマジックショーを
  やる人間じゃないよ」

っていう意思表示。


「ひとりぼっちで
  マジックなんかやりたくねぇよ」

とかいろんな意味を込めて。


満員電車に身体を押し込むみたいに、
何かの枠に自分を押し込むのが嫌で
プロマジシャンの道を目指したはずなのに、

いつのまにか、
今度はマジシャンの枠に
はまってしまった自分から抜け出すために。




そして今に至る。
(今回はいろいろ割愛)


これもまた、
僕にとっては、

「やりたいように表現できるんだ」

って体験だった。
道なき道に足を突っ込む未知だった。


きっと、だからだと思います、
人が

「自分はこっちに進む」

って、自分を信じて
歩みを進める瞬間が好きなのは。



そして、
それをこれからやってきます。


ここまで読んでくれたあなたと。


マジックプロデューサー Matty (マティー)

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