現実が揺らぐ時



今まで無理して
握り締めていたものを
手放す時って怖い。



・できるフリをしてたけど
  ほんとはできないこと


・できると思いたかったけど
  ほんとは苦手なこと

・一人前だと認めてもらいたくて
  やってきたこと

・最初は楽しかったけど
  今は楽しめていないもの


そういうのはいずれ手放すことになる。


完全にゼロになることも
あるかもしれないし、

あるいは今120くらいの力でやっているなら、
100になったり、
50になったりするかもしれない。



いずれにしても手放す時期がくるだろうし、
手放したくなるだろうし。


僕にとっての「マジック」がそれでした。
(ゼロにはなってません)




高校生デビュー



人はなんで、
何かにしがみついてしまうんでしょうか。



高校生の頃、女の子がメイクを覚えて、
夏休みデビューしたり、
高2デビューしたりするじゃないですか。



あれを例にしましょう!




男子達の中で、
「あの子すっぴんの方が可愛かったのに、
  化粧してブスになったよね」
という女の子もいたはずです。



あるいは、
最初のうちは薄いメイクだったのに、


何を間違ったのか、
何をこじらせたのか、

だんだん落書きみたいになって
おかしくなっちゃった人も
いるじゃないですか。


あれを僕なりに
ー僕とマジックの関係性の比喩としてー
分析してみたいと思います。




ある時ちょっとメイクを覚えた女の子は、
鏡にいつもと違う自分が映ります。



今までの自分から
「変化した自分」
に喜びを覚えます。


場合によっては、
友達に会った時
「わぁ〜かわいい〜」
って(とりあえず)言われます。





・もっと嬉しくなりたい

・もっと「かわいい」って言われたい …



そう感じます。


「じゃあ、
  もっとメイクしてみよう」



そうするとまた、
これまでと違う自分が鏡に映って、
周りの反応も変わります。




・もっと嬉しくなりたい

・もっと「かわいい」って言われたい …



そしてこれを繰り返すわけです。



女の子の実際の気持ちは
分かりませんが、比喩として。




自転車の漕ぎ方



例えば
自転車に乗れるようになった頃…


自転車のペダルは
「ある程度の強さ」で漕がないと、
バランスが取れないし、
前に進めません。


そして漕げば漕ぐほど
自転車は速くなって、
爽快感を味わえます。

目的地により早く到着します。


が、

あまりに速く漕ぐのは危険です。


競輪の選手にでもならない限り、
「必要以上の力」は要りません。


物事には、“人それぞれ”の

「ちょうどいい力加減」

があるということです。


高校生のメイクの濃さも、
きっとそうじゃないですか。


僕のマジックに対する力み方だって、
そうだったわけじゃないですか。




素の自分も愛する



120や200が基準になってしまうと、
100や80に減らすのはとても怖いことです。



そんなことしたら
ー素の自分が出てきたらー
普通に人と関われないような気がするし、
好かれないような気がするし…


じゃあこれまでのように
ー疲れるし怖いけどー、
ひたすら高速でペダルを
漕ぎ続ければいいのでしょうか?




今身近にある人間関係や環境って、
過去のあなた
ー何かを握り締めてきたあなたー
が作り上げたものだから、


「手放す=逆方向へ進む」

って怖いはずです。




マジックこそが
アイデンティティーだと思ってた時、
マジックを手放すって恐ろしいことでした。


でもその恐怖と向き合った先に、
すっぴんの魅力があるから、
そんな自分に会いに行こうさ。



マジックプロデューサー Matty (マティー)




補足



『いろんな力を手放したら、
  人に貢献したり価値を提供したり
  できなくなるんじゃないですか?』



    ↓


今までしていた我慢や遠慮も
同時に手放します。


例えば
「ほんとはすごい実力、感性」
「ほんとはやりたかったこと」。



なので、
「手放す」ことによって、
マイナスは生まれますが、
プラスもあります。


おそらく手放すことによって、
得るもの(与えるもの)
の方が多くなります。