食べて気持ちを誤魔化したい時 努力して気持ちを誤魔化したい時



「あれが食べたい」と思う時、

それには2つの種類があるように感じます。


ひとつは

純粋に「食べたい」

という感覚。


言葉を置き換えるなら、
インスピレーションというか、
夢というか、理想というか。


子供のきらきらした瞳みたいに、
純粋なるひらめきからのものです。


アメリカンテイストのおもちゃ屋さん



もうひとつの「食べたい」は、

何かからの逃げ

です。


イライラかもしれない、
とりあえず空腹感からの逃げかもしれない、
悲しさとか寂しさかもしれない…。


そういった感情を、
夢中で食べてる間、
忘れることができます。一時的に。




「お酒」

も同じですよね。


ほんとに飲みたい時と、
何かから逃げるためなのか。


食べることに関して、
僕はそのどちらも経験してますから
こうして書けるわけですが。




後者の「何かからの逃げ」からの
食べたいだとしたら、

どんな気持ちから逃げてるのか、

想像したり感じてみたりすることですね。


そうすると

ほんとにあなたを満たしてくれるもの、こと

が分かってくるから。


食べることじゃなくて、
ゆっくりすることが
ほんとに欲しいものかもしれないし、

無理してやってることをやめることが
ほんとに欲しい状態かもしれない。


嫌なことを嫌と、好きなことを好きと、
言ったり行動したりすることが
本当にあなたを満たすのかもしれない。


食っても食っても満たされない時
ってあるでしょ?

さあなんでしょ?





あ、

「仕事」や「得意なこと」も同じ

ですからね!

※ 僕の場合は「マジック」!


それが“純粋に”「好き」なのか、
何かからの「逃げ」なのか。


感じたくない自分の「無価値観」からの逃げ、
負けたくない、認められたいという「焦り」からの逃げ、
ちゃんとしてなきゃ、人として優れてなければという「本来の自分」からの逃げ…

などなど。


負けること、負けを認めること、自分を守るために止めること…

といった、
「逃げること」から「逃げてる」

(=我慢してる、執着してる、無理してしがみついてる)

場合もありますからね。


ちょっとややこしいけどね。




マジシャンとして、
その世界の既存のルールのなかで優秀でいたい
(マジックがなかったら自分は価値がないと思ってる)。

社会人として、何か立派なものをもっていたい
(でないと人としてダメなようで怖い)。

仕事ができなかったら女の子に振り向いてもらえない気がする(悲しい、淋しい)。


そういう気持ちからマジックに一生懸命だった場合、
それは

不安からの努力です。


裸の自分と向き合うことからの「逃げ」。



裸の自分を否定して、たくさん服を着ても、
どこかで僕たちは裸になります。


服を着替える時、服が古くなった時、
お風呂に入る時、それから…。


結局「裸の自分」になる瞬間って、
遅かれ早かれいずれやってきて、

それを今やるの?
後回しにして、不安のまま逃げ続けるの?

って話です。


今でしょ!
ネタが古すぎる




見たくない自分、感じたくない自分っていろいろあるけど、
向き合った人は強いからね。


「自分には弱いとこがある」って

柔軟な心をもってる人は強い。



ガチガチのマインドは弱い。


「自分はなんでもできる」
と思ってる(マジックの)観客は、
実は簡単に騙されます。


完全さを求めるゆえに、脆いんです。
力んでるから何度か突っつくだけで、
バランスを崩してくれるんです。


「騙されまいぞ!負けまいぞ!」
って“戦ってくる”から、
負かされてしまうんです。


マジックは勝ち負け、分かる分からないのエンターテイメントではないですけどね。




裸の自分と向き合うヒントになるかと。


「マジックさえできたらなんか人生よくなりそう!」
って自分から目を逸らさないように、
僕はセラピーってこともお伝えしてるわけです。


でもでも、
ブログの主張と矛盾するようだけど、
「逃げてる時間」も人生の中では財産。


僕はだからマジックがうまくなったのだから。


マジックアーティスト Matty




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