魂が欲する「悩ましいこと」


「仕事で感動したい」と思ったら

「挫折」がやってくる。


それは例えば、
「あそこのケーキ屋さんのケーキを食べたい」
と願うのとセットで
「空腹」がやってくるのと同じ。

「西野カナちゃんみたいな音楽やりたい」と思えば
「失恋の苦しみ」も味わうはめになるのと同じ。
(って書いといてあんまり西野カナちゃんの曲知らん)

「マジックで生き方を伝えたい」
と思ってしまえば
「人生の試練」がやってくるのと同じ。


「問題」とか「悩ましいこと」ってだから、

魂が欲したこと。


何かを学ぶために。
何かを体験するために。
何かを味わうために。


そして人それぞれ人生で成し遂げることって異なるから、

「試練的なもの」も違ってくるんだと思う。


「孤独」と闘ってる人は
「人と繋がること」が人生のテーマ。

「おデブ」は「痩せること」がテーマだろうし、

「モテない君」は「恋愛」がテーマ。

「マジックの葛藤」は「マジック」がテーマ。

「お金の失敗」は「お金」がテーマ。

「仕事できない人・社会に馴染めない人」は
「仕事のしかた」がテーマ。

「1人でパンク(破裂)しちゃう人」は
「助けられること・愛を知ること」がテーマ。

「親とほんとは仲良くない人」は
「親」がテーマ。

「自信ない人」は
「人の魅力に気付くこと」がテーマ。

「人の役に立たないと!って苦しむ人」は
「自分の喜びを中心に生きること」がテーマ。




その証拠に…

僕は

「あぁ…俺って小説書けねぇなぁ」

と悩まないし、

「あぁ…俺って漫画の絵のセンスないなぁ」

って思わないし、

「俺ってダイエットできないなぁ…」

っても悩まないし、

「俺ってバスケの才能ないんじゃないか?」

と悩まない。

「俺ってイチロー選手みたいになれないんじゃないか?」

と悩まない。
(なろうと思ってない、今は。)
小学6年生くらいに、なれるんじゃないかとか夢見ちゃった。。
『イチロー』の本で読書感想文いやいや書いた記憶ある。。

だから悩ましいことって、

魂が欲したこと。


でたぶん、

その壁って超えなくてもいいんだよね。。



どういうことかというと、

いずれその壁は超えて、
(場合によっては幻想だった壁が消えて)
その先の景色を見られるんだけど、

壁が見えた時、
壁にぶつかった時、
壁を超えようとしている時、
壁を超えることを諦めた時、
壁から逃げた時、
でもやっぱり再び立ち上がった時、
壁に向かっていった時、
そして壁を超えた時…。

そのプロセス全部に意味があって、

全ての体験がセット。


「ケーキ」と「空腹」みたいな感じ。

「修学旅行」と「その準備期間」みたいな感じ。

「出逢った時」から「手を繋ぐまで」みたいな感じ。


「ある地点に到達した(壁の先にいる)自分」
が魅力的で素敵なのではなくて、
「今(過去)の自分」“も”素敵。

今の自分をもし肯定できないのなら、

それは誰かの価値観で生きてるから。


社会の常識か、
お父さんの生き方(への反発)か、
お母さんに嫌われたくないのか、
兄弟の目を気にしてるのか、
友達の反応を気にしてるのか…。


「家に帰るまでが修学旅行です」

とあの日校長先生が僕たちに言ったように、

「準備期間」から「当日」
そして「夜男子だけで好きな女の子の話をして」
「家に帰ってぐっすり寝ちゃう」まで、
その全てが『修学旅行の思い出』であるように、

「過去のあなた」も
「問題に向き合っているあなた」も
「それをいつか乗り超えたあなた」も

ひとつの繋がったもので、


映画の「起」「承」「転」「結」、
ワンシーンワンシーン全てがひとつの物語として素敵であるように、

今の自分もOKだ。


そう思えないのは、
繰り返しになるけど、

「ある一定の基準を満たした自分なら素敵」 
っていう

つまんない誰かの価値観、競争

に縛られてるからだよ。

その価値観をぶっ壊して(疑って・許して)、

自分軸(自分ルール)で生き始めた時、


「今の自分」もいいけど、
「こっちの方が好きだからこっちを選ぶ」

って気軽に好きな未来を選択できる。


「つらいけどやる」とか、
「我慢してやる」とか、
「大人なんだからやらないと」
「周りの人にどう思われるか不安だから」
「好かれなくなってしまうから」

っていうネガティヴなモチベーションじゃなくて、

「やりたいから」
「好きだから」
「選びたいから」

っていうピュアな行動になってく。



ここまで読むと、
あなたの心にマジックが起こる仕掛けになっています。

マジックアーティスト Matty


バレンタインデーにペアルックなファッションをまとったカップルの後ろ姿
今更だけど素敵だったので使わせてもらいます!