自分として在るってこと


アーティストの曲を、
別のアーティストがカバーすることってある。


例えば、

◆OH MY LITTLE GIRL

尾崎豊 → EXILE ATSUSHI

◆糸

中島みゆき → 福山雅治

◆Good Time

Owl City & Carly Rae Jepsen → Alex Goot & Against The Current

◆やさしさに包まれたなら 

松任谷由実 → 絢香

ってな感じで。

現状中島みゆきさんの『糸』以外は全部YouTubeで聴けるっぽいです。


んで、
(ここに挙げたものは)

いずれもオリジナルもカバーもどっちもいいな

と思えるのが僕の感想です。


「どっちもいい」というのはつまり、

カバーした側が本家と少し異なる

という意味です。

メロディーか声か歌い方か…。




そういうことを考えてみると、
僕たちが

「誰かのようになろうとすること」にいかに意味がないか

を感じさせられます。


もちろん、
音楽をカバーするんだったら本家を研究するんでしょうけど、
本家と「イコール」になってしまったら、

カバーした側のアーティストが歌う意味ってないよね。



マジックに置き換えてみると、
古典的な作品や基本的な技法ってのはどんなマジシャンであってもほとんど同じで
(特に一般のお客さんから見たらなおのこと)、

そんなことよりも、

「その人だから」

「そのルックスだから」

「その人の価値観・生き方だから」

「その人の言葉・声だから」

「その人と出逢いがあったから」


そういうことの方が、
好きになる理由(らしいもの)になるんじゃないかと思うわけです。


福山雅治さんのファンは、
中島みゆきさんの『糸』よりも圧倒的に福山雅治さん(の『糸』)が好きだろうし、

尾崎豊さんファンは、
EXILE ATSUSHIさんの『OH MY LITTLE GIRL』を認めないかもしれないし、

でもATSUSHIさんがいたからこそ
尾崎豊さんを知った世代もあるだろうし…。




音楽の世界のカバーのルールは分かりませんが、
マジックの世界にはカバー
(というよりパクり、真似る、お手本にすること)に、
ルールはないように思います。

あるとすれば

マジシャン個人のモラルとか美学の問題だと。



ネットでたまに、
「マジシャン●●のモノマネ」
みたいなパロディー動画を見かけますが、
あれが僕は好きじゃありません。

(特に大好きなマジシャンの劣化モノマネになっていると切ない)


モノマネするなら、
オリジナルへの敬意をもって、
徹底的に真似てほしいと思うわけです。




とか言ってる僕自身も、

たくさんのマジシャンさんをお手本にして今があるわけだから、
その意味では真似をしてきてるんですけど、

例えるならば
「松任谷由実さんの『やさしさに包まれたなら』もいいけど絢香さんもいい」
というように、

僕らしさ、僕テイスト、僕のアレンジ、僕のストーリー

を添えるようにしています。


あぁうまく言えない、この感覚。。


それが、
本家に対する敬意だって僕は思うわけです。

いや、
自分に対する敬意かもしれません。


お客さんだって、

アイデンティティを失った作品になんて触れたくないでしょ。





まとめると、

『自分として在れ!』

ってこと。


Photo:Ro-j Chang


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Matty