テクニックじゃなくてストーリーで表現しようとした原点


それは大学3年生の頃に遡ります。。

大学2年生の時、
僕はカードマニピュレーションと呼ばれる
ステージマジックを、
大学のマジックサークルでやっていました。

大学単体の発表会は、
サークルメンバー全員で構成するもので、
みんな仲間です。


しかし、
関東大学奇術連盟と呼ばれる、
関東エリアのマジックサークルの
(つまり他大学も含めた)中では、

同じカードマニピュレーションをやる学生は、
ライバルという関係性になりました。


毎年12月に、
関東大学奇術連盟で発表会があり、
これは学生マジシャンの
オールスター発表会みたいなものです。

関東地区のイケてる
学生マジシャンだけが出られます。

ここに多くの学生達が出たがるわけですが
— 高校球児にとっての甲子園のように —、

ありがたいことに僕は2年生の時、
カードマニピュレーションでその舞台に立っています。


その時どんなマジックをやっていたかというと、
なるべく最新の技術、
他の学生が真似できないような高度な技術、
他の学生にもタネが分からないようなスチール、

そんなことを意識してました。

テクニックやマジックとしての構成
(難しさや技術力という意味で)で
勝負したわけです。



関東大学奇術連盟での発表会が終わると、
学生マジシャン達のひとつの季節が終わり、
来年に向けてマジックを考え始めます。

マジックサークルの中で、
同期で話し合い、

僕は来年(3年で)は、
アラカルトと呼ばれるマジックをやることにしました。


と同時にこの頃から大学3年にかけて、
僕は多数決によって
サークルの会長にも選ばれていました。

ほら、
僕キャパが小さいじゃないですか?

なもんで、
会長としての仕事もある、
アラカルトの演技も完成させなくてはいけない…

(あ、あともちろん大学の単位だってとらないと。
  この頃レストランでのお仕事もやっていたから、
  それだってやらないとだし)

ということで、
いっぱいいっぱいになっていきました。


昨年のカードマニピュレーションのように、
テクニック押しでいったら負ける、
勝てないと考えるようになりました。

だからこそ、
違う戦い方を描く必要がありました。


それが、

「ストーリー(story)」です。



テクニックを高めて勝負するには、

[時間(練習)× 才能]

という公式を理解する必要があると思います。

会長としての仕事に
体と心のエネルギーを使っていた僕には、
正直無理だと思った。

なんなら大学2年の時さえ
しんどいと思ってましたから。
サークル活動が。笑


ではストーリーはどうでしょう?

ストーリーはどんな公式によって
魅力的になるでしょうか?


ストーリーはこうです。

[人生の体験 × 素直さ]


過去自分が経験した物語や感情、ドラマ、
あるいは未来への想い。

それをどれだけ素直に表現できるか、です。

それこそがストーリーです。


僕は今年も関東大学奇術連盟のステージに
立ちたいと願いました。

それはつまり、
他大学のライバル達よりも魅力的な
(あるいは優れた)マジックを、
大学内で発表する必要があるということでした。


ストーリーを重視したマジックの場合、
その裏で使うテクニックは、
必ずしも高い必要はありません。

(テクニックに時間を割く必要が、
  絶対ではない)

大切なことは、

「どれだけ物語が伝わり、
  観客のハートに響くか」

だからです。

小学生の汚い字、ちょっと間違えた日本語、
だけど大人の心を動かす作文のようなものです。


そしてありがたいことに、
その年も僕は、

関東大学奇術連盟の舞台での、
出演の切符を手にしました。


マジックが完成するまで長く悩んだり、
苦しんだりしましたけどね。

そう、
この時どんなストーリーを演じたかっていうと、

(まぁ、もう7年も前のことだから
  言ってしまいましょう)

当時付き合っていた女の子に
「ありがとう」
のメッセージを隠したマジックでした。


“メッセージを隠した”というのは、
その頃サークルメンバーに隠して付き合っていたからです。
(知られるといろいろ面倒だなと思って)


 * * * * *


「戦う」と「闘う」の、
意味の違いを知ってますか?

戦う:勝ち負けを争う
闘う:困難などを克服しようとする
コトバンクより)

戦いには、
勝ち負け、優劣があります。

闘いには、
負けはないと僕は考えます。

困難に立ち向かうことに負けはないからです。

あるとしたら、
自分の課題と向き合うか向き合わないか。

自分のテーマから逃げるか逃げないか。


大学2年生の時僕は、
戦いにいってしまった。
争いにいった。

まるでテストの点数や、
足の速さを競うみたいに。

そして心身ともに疲れた。
マジックも自分も嫌になった。


大学3年生の時僕は、
闘いにいった。

どうしても、
表現しなければ気持ちよく死ねないであろう
「ありがとう」があったから。

誰かを負かすためでなく、
自分を強く見せるためでもなく、
素直な気持ちを表現した。

あの子のためにも。

そして感動した。
幸せな気持ちだった。


強く見せようとするな、
勝ち負けを争うな、
誰かと戦うな、

等身大であれ、
表現しろ、
自分と向き合え…

僕がそううるさいのは、
勝ち負けの先に喜びや感動はないからです。
(虚しい変な達成感はあった)


テクニックじゃなくて
ストーリーで生きようってのはそういうこと。


参考記事


Photo:井上祥大さん
ホワイトパーティーより
イケメンアーティストさん達と!


マジックアーティスト Matty