言葉の価値

言葉の価値が、
ここ数年でどんどん落ちていると思った。
スマホ、ネット、SNSが原因で。

ひと昔前 
— 2000年代前半とか、
  あるいは戦前・戦後の時代をテーマとしたもの —
の映画だと、

人に思いを伝えるためには、
直接会うか、電話するか、手紙を書くか、だった。

会うためにはお互いの時間と場所を約束したり、
電話をするなら電話のあるところでそれを借りたり、
公衆電話に小銭を入れたりして。

言葉を届けるってことが、
いちいち面倒だったんだなぁと思える。


思える、と言っても、
僕だって以前はそうだったはずなのに。


今は誰でも、てきとうに、
言葉を発信できるし、どこでも言葉を交わせる。

だから、
言葉のひとつひとつ、
文章のひとつ、物語のひとつひとつが、
どんどん価値のないものになってった。

映画を見てそんなことを思った。

男が女に、女が男に、
思いを届けるための手間が、
昔の時代ははんぱない。

でもそのめんどくささ、
それを超越しようとするとこに、
愛が感じられる。

今の時代はLINEのスタンプをポチッと押せば、
とりあえず言葉は届く。


僕も何か発信すること、何か作ることにおいて、
そんなふうにどんどん安いものになっちゃったんじゃないかなぁとか、
映画を見ながら時の流れを感じながら思ったわけです。


僕はマジックについて
古典(クラシックを踏襲しているもの)が好きと
よく言ってますが、

もしかしたら映画もそうかもしれません。
もしかすると古い映画って見やすいかもしれない。
分かりやすいかもしれない。

物語が複雑になったり、
設定がややこしくなると、
僕はあんまり読めないんですよね。。
理解できなくなる。


マジックも、
過剰に演出したり映像を盛ったりしているけど、
実は大したことないものを見るとがっかりします。

クラシックなマジックが昔から愛されているのは、
そこに何か大切な本質があるから。

2、3年で消えてしまうマジックは、
その時代だけにインパクトを与える、
ただの演出に過ぎないからだと思います。

キャッチーな音楽はいっときブームになるかもしれないけど、
カセットテープに録音していつも大切にとっておきたい音楽、
思い出の音楽にはならないはずです。


本の読み方も、
2000年代と2010年以降とで、
変わってきたんじゃないかなと僕は思います。

スマホが誰の手にも持たれるようになる前、
本というのは著者の人生の辞書のようなもので、

知る、やる、振り返る、読む、やる、振り返る…
人生の伴走者のような存在だったけれど、
今は読み捨てされるようになったんじゃないかなと。

それはおそらく、
著者の人生に触れることが、
本じゃなくてもできるようになったから。
スマートフォンによって。

わざわざ人生の哲学を本の一語一語、行間から感じなくても、
SNSの写真を見ればよくなったから。


2009年にストリートマジックを始めた頃、
言葉のトリックの本を、
腰のバッグに1冊入れて、
公園までの電車の中で読んでいた記憶があります。

別の日のストリートマジックでは、
また別の1冊をそこに入れるのです。

あの頃の読書ってとても貴重な時間だった。

それはなんでだろう?と振り返ると、
やっぱり言葉の価値が下落した現象が思い当たるのです。


スマートフォンやSNSを否定しているわけではありません。

ただ、
うっかり現実の展開に何の意図もせずに流されていると、

自分にとって本当に大切なものを見失ってしまうんじゃないかと、

スマホがなかった頃の自分のライフスタイル、
マジックとの関わり方を思い出した時、
そんなことを思ったのでした。


そうした時、
僕も乱雑に言葉を発信するのはどうなのか?
と反省していたのでした。


価値のあるマジックを届けたいと思います。


Matty


アニバーサリーパーティーのマジックのご依頼はこちらから。



Sex and The City soundtrack 14. Run-D.M.C. feat Steven Tyler and Joe Perry Walk This Way

0コメント

  • 1000 / 1000